サヨナラ。

2011年03月10日(木) 21時32分

大久保ばぁちゃんの告別式。
次男の父は、大勢の人の前で兄弟の代表として挨拶をするのに緊張していた。
シヲばぁちゃんは入院して、病院で入ったお風呂で「気持ちがいいね〜」とご機嫌さんで
そんな時はこれをきっかけにもっと元気になるんじゃないかと思ったと
父は涙をこらえて話した。
頼りない長男マサオおじさんと、亡くなってから葬儀の事までテキパキとやってきた三男ハルオおじさんと
末っ子の長女のキミコおばさんとの間に挟まれて、ケンカになるのを仲裁する役目になって
気丈に振舞っていた父フミオ。
唯一このまま泣き出してしまうんじゃないかと思った挨拶の時間だった。

ばぁちゃんの事で、兄弟でもめていた。遺産でも、相続のことでもなく。
それほどまでに、今までのばぁちゃんにしてきた態度が納得のいくものじゃなかったからだ。
キイコさんの「面倒みられません」って言葉はもっと早く聞きたかった言葉だったからだ。
ワタシさえ思った。

もっと早く病院に連れて行けば良かった。母は悔やんでいた。

式の途中、母の体が前に沈んでいく。
イスに座っての式だったのだが、少し前のめりになった感じになった。
体調が悪くなったんじゃないかと思ったが、後で母に聞くと
背中が急に重くなり、動けなくなったそうだ。
きっとばぁちゃんがいたんじゃないかと言った。

ばぁちゃんの棺にはたくさんの花を入れた。

さようなら、ありがとう。

ばぁちゃんは骨になった。

実家からの帰り。せっかく車できたんだからと母は
米とトマトときゅうりを持たせてくれた。

東京タワーを見るのも、なんだか忘れていた。

おばぁちゃんの話

2011年03月09日(水) 21時21分

大久保ばぁちゃんの通夜は午後6時を過ぎた頃だった。
まだ布団に寝かされているばぁちゃんが、棺に入る前に会いに行った。
セレモニーホールに行く前まで、お線香を絶やさないでと話していたはずだと
母が言っていたが、すっかり線香の煙は消えていた。

「ばぁちゃん、来たよ」

ばぁちゃんは本当に寝ているみたいだった。
穏やかだった。

「やせちゃったね・・・」

と言うと、横にいた妹ミドリが

「これでもふっくらしたほうだよ」

と言った。
私がしっているばあちゃんより、ずっと細くなっていた。
ワタシは、白くふわふわしているばあちゃんの髪をなでながら

「おつかれさまでした」

と声をかけた。
ばぁちゃんの壮絶な最後に、ワタシは「ありがとう」より「おつかれさまでした」と言った。

おだやかで、優しい顔が救いだった。

夕方セレモニーホールには、知った顔、新しい顔がそろった。
これほどまでに集まるのは、アキエさんの葬儀以来ではなかろうか。
お花でいっぱいの中に、ちょっと前のふっくらしたばぁちゃんの遺影があった。

孫16人。みんな大きく育っています。
ひ孫だって5人。これから大きく育ちます。

86年の人生。どんな人生でしたか?
おばぁちゃん。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:チエミ
  • アイコン画像 性別:女性
  • アイコン画像 誕生日:1973年2月2日
  • アイコン画像 血液型:A型
  • アイコン画像 現住所:東京都
  • アイコン画像 職業:専業主婦
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